失いたくないのは、人としての尊厳。
ユートピアで暮らしたい
ユートピアに憧れたことはないだろうか。
現実で何か嫌なことや理不尽な目にあったとき、「なんでこんな目にあわなければならないんだ」「人間にこんな苦しみが必要なのか」「人類の進歩により、いつかこんな苦しみを無くせる時代が来るのではないか」、そんなふうに考えたりすることがある。
誰もが悩みから解放され、幸せに生きることができる世界。「すばらしい新世界」は、そんな楽園を描いたSF小説だ。
人類がたどり着いた「共有、均等、安定」のユートピア。本書が書かれた1932年、今から90年以上前にハックスリーが想像した世界には、驚きと笑いだけではなく、もしかしたら僕たちは着実にこの地獄に向かっているのかもしれないという不安に溢れていた。
ビンで生まれ、ビンで育つ
人間は試験管とビンから生まれる。
製造過程で階級分けされ、生まれた後に従事すべき仕事に必要な「条件」を植え付けらる。
そしてビンから出た後も、睡眠中にかけられる暗示により、その思考さえもコントロールされる。
これこそ幸福と美徳の鍵であるーーー自分がなさねばならぬことを好むということ。すべての条件反射訓育が目的とするのはまさにこれだ。人々をしてその免れがたい社会的宿命を愛するようにさせることだ。
すばらしい新世界|ハックスリー 松村達雄訳 講談社文庫
安定した社会のために必要な人間が、階級ごとに最適な数、最適な質で作り出される。彼らは自らに植え付けられた役割を死ぬまでこなす。生まれる前の過程でしっかりと訓練されているため、自身の運命に抗うことはない。
上層階級として生まれた人々は、下層階級の人々の仕事によって支えられる社会の中で、快楽に溺れ続けながら生きる。
どの階級に生まれようが、そこに悩みはない。完璧な教育と薬剤によって、人々は幸福に暮らしているからだ。
幸福と安定の代償
このすばらしい世界に馴染めない人間もいる。
上層階級でありながら身体的欠陥があるバーナード、同じく上層階級だが過度の智力を持つヘルムホルツ。彼らは周囲の人間との違いから孤独を感じ、個人であるという自覚を持っていた。
そして蛮人保存地区からやってきた野蛮人も、この世界に疑問を抱く。
自由を、人間としての誇りを取り戻すべきだと願う彼らに対し、総統は言う。「われわれは幸福と安定を信仰している。」
幸福と安定のために、ビンの中で人間を作り、ビンの中で一生を送らせる。ビンの中にいさえすれば、自分自身の考えを持たずにさえいれば、幸福に暮らせる。
そんな理想的な世界の邪魔になる人間は、そこから追い出される。従順に飼われ続けてさえいれば、ここでの生活は保障される。
選択の時は近い
僕たちが生きる現実の世界でも、完全な自由を手に入れることは難しい。自分が誰かに飼われていないとは言い切れない。電磁ゴルフ、触感映画、ソーマ。少しだけ新世界の生活に憧れる。
自由には責任が伴う。自分の頭で考えず、何もかも誰かに従って生きるのは楽だ。人間が完全に奴隷化された新世界は、天国のような地獄であり、地獄のような天国だ。
そして今、世界はより多くの人間を同じルールで管理しようとする方向に動きつつある。
自分の頭で考えて自分の人生を生きるか、それとも誰かに従って他人の人生を生きるか。僕たちは選択することができるし、選択しなければならない時期に来ている。
どちらも天国であり地獄でもある。ただ一つ言えるのは、その生き様を子どもたちは見ているということ。
子どもたちにどんな姿を見せ、どんな世界を残すのか。悔いのない選択をしたいものだ。
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