実の心を道として、能々鍛錬すべき也【五輪書/宮本武蔵】

心を水になる也。

中二の僕は、Vagabondに心を奪われた

漫画「バガボンド」に出会ったのは中学生の頃だった。なぜか父が持っていた1巻と2巻を読んだことをきっかけに、今では書斎に全巻が並んでいる。

父は、後に大きなブームとなる漫画の1巻をよく持っていた。まだネットが広まっていない時代、本に対するアンテナが高かったようだ。

しかし飽きるのも早かったようで、3巻くらいまでで集めるのを辞めているパターンが多かった。先が気になって仕方ない僕は、古本屋でその続きを買うことにお小遣いを費やした。

時は過ぎ、38巻の発売に待ちくたびれた僕は、五輪書を買った。それはバガボンド並みに面白く、続きが気になるものだった。

地の巻

五輪書は、「地・水・火・風・空」の5巻にまとめられている。

まきにおゐては、兵法へいほうみち大躰だいたい我一流わがいちりゅう見立みたて剣術一通けんじゅつひととおりにしては、まことの道を得がたし。大きなる所よりちいさき所を知り、浅きより深きに至る。すぐなる道の地形じぎょうを引ならすによって、はじめを地の巻と名付くる也。

五輪書|宮本武蔵著 渡辺一郎校注

地の巻では、二天一流の概要と兵法の道において大切な基礎の部分が述べられている。また、兵法を学ぶに当たって心がけるべきことを9つ列挙している。

・実直な、正しい道を歩むこと
・鍛錬すること
・兵法のみならず、広く諸芸にふれること
・さまざまな職業の道を知ること
・物ごとの損得をわきまえること
・諸事の真実を見分け、覚えること
・目に見えないものを悟って知ること
・わずかな事にも気を付けること
・役に立たないことをしないこと

これらは現代を生き抜くためにも必要な心がけだ。武蔵の兵法は、僕の人生にも大いに生かせるところがありそうだ。

水の巻

兵法二天一流へいほうにてんいちりゅうの心、みずもととして、利方りかたの法をおこなふによつてすいまきとして、一流の太刀筋たちすじ此書このしょ書顕かきあらはすもの也。此道いづれもこまやかに心のままにはかきわけがたし。たとひことばはつゞかざるといふとも、はおのづからきこゆべし。此書にかきつけたる所、ひとことひとこと、一字一字にて思案すべし。

五輪書|宮本武蔵著 渡辺一郎校注

水の巻には二天一流における心構えや体の使い方が具体的に書かれている。理解するためには、武蔵の言うとおり、一文一文深く考えながら読み、実際に身体を動かさなければならない。

地の巻で基礎をしっかり肚に落とし、水の巻の太刀筋を日々鍛錬し続けることで、答えは自分の中から聞こえてくる。なんだか棒を振りたくなってきた。

火の巻

二刀一流にとういちりゅうの兵法、たたかいのことを、におもひとつて、戦勝負たたかいしょうぶの事をまきとして、此巻に書顕かきあらはす也。

五輪書|宮本武蔵著 渡辺一郎校注

続く火の巻では、実際にどう戦うかについて書かれている。現代で同じような状況に置かれることは考えにくいが、斬り合いを現代における競争に置き換えて考えてみると、生かせることが大いにある。

有利な場所で戦う、先手を取る、相手の出方を察知する、景気を見る、敵の心理状態を知る、意表を突く、状況によっては思い切って考えを変える。全て競争の中では有効な手段だ。

できるだけ競争は避けて生きたいが、この資本主義社会では競争せざるを得ないのが現実だ。いざそうせざるを得ない時が来た時は、きっと火の巻が道標になる。

風の巻

兵法、他流たりゅうの道を知る事。他の兵法の流々を書付かきつけ、ふうまきとして、此巻に顕はす所也。他流の道をしらずしては、我一流わがいちりゅうの道たしかにわきまへがたし。

五輪書|宮本武蔵著 渡辺一郎校注

風の巻では、武蔵が他の流派の問題点について述べている。当時世間にあった様々な武術について知ることができる興味深い巻だ。

他の流派の問題点を9か条にわたって語った後、武蔵はこう締める。

我一流わがいちりゅうにおゐて、太刀たち奥口おくぐちなし、かまえきわまりなし。ただ心をもつて其とくをわきまゆる事、これ兵法の肝心かんじん也。

五輪書|宮本武蔵著 渡辺一郎校注

偏らないために、心を鍛えろ。シンプルで力強いメッセージに痺れる、憧れる。

空の巻

二刀一流にとういちりゅうの兵法の道、くうまきとして書顕かきあらはす事、くうといふ心は、物毎ものごとのなき所、しれざる事を空と見たつる也。

五輪書|宮本武蔵著 渡辺一郎校注

最後は空の巻だ。兵法の道を確かに知り、毎日真っ直ぐに武芸に励み、心を磨き続ければ、いつしか迷いはなくなる。迷いが完全になくなった場所、それが空である。

そこにたどり着くためには、自分で工夫しながら、正しく明らかに、広く大きな心で道を歩め。武蔵はそう書き残し、この世を去った。

常に道をはなれず

五輪書の序盤、武蔵は自分の半生を語っている。

若い頃から兵法の道を歩み、30歳を迎えるまでたくさんの勝負をしてきたが、負けたことがない。それは自分の兵法が極まっていたからか、相手に足りない部分があったかは分からない。

その後も道を深く追求し、50歳の頃に兵法の真髄を会得した。その後は兵法の道で学んだことを生かし、書や絵の道にも入ったが、万事において師匠はいない。

一つの道だけを真っ直ぐ、ひとりで歩んできた武蔵でさえ、50歳までその極みには到達できなかった。

事を成すには時間がかかる。今夢中になれることにとことん夢中になって、ある日気づいたらとんでもないところにいる。そんなふうに道を歩めたら幸せだ。

50歳になった時、心の迷いがないどこかに辿り着いていて、書き残したい何かがある。そんな自分になるためには、心を朝鍛夕錬し続けるしかないようだ。

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