実家の本を活用して、自分の軸を着実に固めよう。
死はすぐ隣に
またまた実家の本棚から見つけた本を読んだ。タイトルも著者も一度は聞いたことがあるビッグネームだ。著者の顔もどこかで見て知っている。確かとてもハンサムだった気がする。
ベストセラーは読まなければ損だ。売れる本の特徴と、発売された当時の人々がどんな情報を求めていたのかを知ることができてとても楽しい。
そんな「大河の一滴」を開き、冒頭の二行でいきなり衝撃を受けた。
私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある。最初は中学二年生のときで、二度目は作家としてはたらきはじめたあとのことだった。
五木寛之|大河の一滴
ここ数年、著名人の自殺のニュースが相次いだ。世間一般に成功者と言われている人たちも、死を選択するほどの苦しみを人知れず抱えていることがある。
きっと死は僕たちが思っているより身近で切実な問題だ。
死とうまく付き合う
幸い僕はこの歳まで自殺を考えたことはない。今のところ、自殺するためには、まだ自分が経験したことのない大きなきっかけが必要なのだろうという安易な気持ちで生きている。
しかし著者が言うように、人間はふとした瞬間に心が萎え、死を選択することがあるのも事実だ。僕たちはそれぐらい危うい存在だということだ。
このことは恐怖ではあるが、救いでもある。ほんの些細なことで死の側に行くほどぎりぎりの状態で生きているからこそ、僕たちは「わざわざ死ぬことはない」と自殺を思いとどまることができる。
人間とはもともと脆く弱い生き物だという事実を受け入れることによって、「死のうと思えばいつでも死ねるし、そもそも人間はいつか必ず死ぬ」と開き直り、逆にしぶとく生き続けることができる。
死を受け入れ、死が向こうからやってくるまでは、生きていることにしよう。
人生は苦しい
死を身近なものと受け入れたうえで、次はどう生きるかが問題だ。
著者は言う。「人生とは苦しみの連続だ」と。
僕たち人間は、この世に生まれた時点で、老いて病んで死ぬという苦しみからは決して逃れることはできない。
だからこそ、人生という苦しみの中にほんの少しでも幸せを見つけることができれば、それは大きな喜びだ。闇の中だからこそ一条の光が、乾ききっている大地だからこそ一粒の雨がとてつもなく嬉しい。人生を悲観的にとらえることで、初めて楽観的に生きることができる。
僕たち人間は、たまたまこの世に生まれ、苦しみの中で今こうして生きている。それだけで価値がある。そう思うと、人間同士、わざわざ憎み合い、傷つけ合うことには何の意味もないことがわかる。
どんな人間とでも、こうして出会えた縁を、奇跡を、愛おしく思うべきだ。どうせ苦しいこの世の中で、いかに楽しく生きるか。その鍵はやはり他人を愛することにありそうだ。
軸を太く
脆く儚い僕たちは、同じように脆くて儚い祖先から命をもらい、次の世代へと繋いでいく。一人ひとりはとても小さな存在だが、集まることで形を変え、時に大きなうねりを作り出す。そしていずれまた元の流れに戻って行く。そうやって何万年も続いてきた命の流れの中のほんの一部、それが僕だ。
この本を読んだあとすぐに、いつも観ているYouTubeチャンネルで、「人は皆、流れの中で生きている。」という話を聞いた。心が動いた本に書いてあることと同じことを、別の尊敬する人が言っていることに気づいた時、自分の中の軸が太くなっていくのを感じる。これこそ学びの醍醐味だ。
おそらく真実に近いであろう大切なことは、いつも自分より年齢を重ねた人たちが教えてくれる。長い時間をかけて学び続けない限り得られない知恵を少しでも分けてもらうことで、より豊かな人生を送ることができる。
それを知っているはずなのに、僕は今「もっと稼ぎたい」、「もっと評価されたい」などと思っている。最愛の家族がいる。風雨を凌げる家もある。人生が苦しみの連続だということを忘れるほど恵まれているのにも関わらず。
足るを知る者は富み、努めて行う者は志有り。人生を楽しむためには、まだまだ学び続ける必要がありそうだ。
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